夜な夜な綴られる現実逃避の雑記。
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戦争のリアリズム――『「正しい戦争」は本当にあるのか/藤原帰一』で考える
2010-02-21 Sun 22:51
何事もなかったように再開
いつもどおり時事を無視して語ります。



質問掲示板をみてみると
近年軍事力を増強して尖閣諸島で不穏な動きを見せる中国には、軍事的な対処をすることが必要だ。それが「リアリズム」だ、という趣旨の発言が気にかかりました(元の質問をメモするのを忘れたため、元の質問掲示板の記事を見つけることができませんでした)。
本当に「リアリズム」というなら、軍事的脅威を言い立てていきなり武力行使を発想するのではなく、長期的には、そんな中国とでもしたたかに付き合わなければいけない、ということを考えるべきです。

今回は、戦争を肯定するだけが本当に「リアル」なのかを、国際政治を考える上での「リアリズム」とは何なのか、一冊の本を中心に考えていきます。



正しい戦争」は本当にあるのか/藤原帰一/(発行)rockin'on
を、今回は取り上げます。
本書は、国際政治学社の藤原帰一が、国際政治と戦争について渋谷陽一・鈴木あかねの両氏のインタビューに答えるというスタイルをとっています。
地域紛争と戦争の関係や、中国やインドを実例とした核保有のデメリットの話、アメリカによる民主化の押し付けは正当化できず非民主政治は内側から倒されなければならないということ、冷戦終結の過程やその意味づけの変化(「共産国の変革」から「自由主義の勝利」という変化)、ODAを使った日本独自の外交政策はそれなりにうまくいったこと……など、対談を通して現実の問題を考えていきます。


私は時事ネタが苦手なので、一般論として「国際関係上の戦争の見方・考え方」に焦点を当てて本書を見ていきます。

藤原帰一は、国際政治学の『リベラリズム』という立場に立ちます。
国際政治を力の均衡としてとらえる学派を『リアリズム』と呼びます(国際法や国際組織などによる国際協調を重視する流派を『リベラリズム』と呼びます)。

藤原氏は、自身のこの『リアリズム』という立場について、このように述べます。

どの政府も自分たちの欲望や利益を最大にしようとして行動している。そういった政府がそれぞれさらなる権力を求めて、お互いに脅しあってる状態が国際関係なんだって風に見るんですね。この場合、戦争にはいいも悪いもない。戦争は国家の政策のひとつ、それだけのことです。(P.13~14)


また、「ぼくは、絶対的平和論者じゃない(P.29)」として

軍事力の行使の必要な場面が国際関係に歩かないかといえば、残念ながらあるというのがぼくの考えです(P.29)
……アフリカ中部のように戦争が続いていたり、中東みたいにいつ壊れるともしれないカッコつきの平和もある。こういう地域についてどうするかを考えないと、絶対反対という立場だけでは信用が得られないでしょう。たとえばいま、イスラエルやパレスチナに行って、軍隊をなくしなさいと言ってもまともに聞いてもらえないでしょ。(P.36)


上記のように、リアリズムという立場では、武器をなくす絶対反戦を想定しません。
しかし、だからといって、「反戦平和=理想、戦争=現実」と考えるのも、『リアリズム』ではありません。
たとえば、独仏と旧ソ連・東欧の間では、社会主義vs資本主義という構図がなくなって同じようなルールを共有できる政府となったことで、軍事的緊張が低下して、武装の水準が下がったこと(P.50)や、アメリカとカナダの間ではほとんど紛争の懸念がないため兵隊の規模が大きくないこと(P.52)といったケースを指摘して、以下のように述べます。

軍隊が必要かどうかってのは一般論じゃないんですよ。この問題は、軍事的な兵隊の準備、戦争の準備が必要だとみんなが思っちゃうような危機とか具体的な問題がどれだけあるかによっていくらでも変わってくるんです。(風月堂注:旧ソ連と西欧の関係のように)……兵隊に頼らなくても現状を保てるよってことになる。……軍事力に対する依存を減らすことができるわけです(P.52)

そして、次のように述べます。

反戦かあるいは戦争か、軍隊を持っていいか悪いかっていうのは、原理の問題であるよりは、むしろ軍に頼らない状況をどう作っていくかっていうことなんです。(P.52~53)


いかにして「軍事に依存しない状況」を作っていくか――――これが『リアリズム』の考える平和の方法です。
藤原氏は国際政治学者として、二つのことを考えるのが大事であると述べます。

ひとつは兵隊に頼らず、軍事力の行使に頼らないで、状況を打開する方法があるかどうか、できる限りていねいに考えること。正義とか何とか、大袈裟な言葉はかえって危ない……暴力を正当化するために誰もが<正義>って言ってきたわけですよ。
ふたつめには、どのような状況のもとで暴力の行使が許されるのか、また、その暴力行為どんな制約の下に置かれるのか、ということです。(風月堂注:「正しい戦争」がある、とする正戦論は)本来は戦争の正当化ではなく……戦争の許される<状況>の制限と、戦争で用いる<方法>の制限という二重の制限でした。……いまアメリカなどで唱えられてい正戦論はこのふたつの制限がぜんぜんないんです(P.29~31)


このように、『リアリズム』では、「平和=非現実、戦争=現実」とは考えません。
そして藤原氏はこう述べます。

(インタビュア)俺たちはどこまでもシビアに現実を見て、どこまでも分析をして、だから戦争なんだよって言う人たちもいる。
(藤原氏)そうですね。でもね、リアルなつもりで現実を見てないかもしれませんよ。平和を唱えるのが理想主義で、戦争が現実なんだっていう二分法は、必ずしも正確じゃないんですよ。現実に向かうと戦争をする、現実から離れるとハト派になるって、そんなバカなことじゃない。現実の分析って言うのは、目の前の現象をていねいに見て、どんな手が打てるのかを考えることです。(P.65)(強調は風月堂)

……伝統的な外交というのは、武器を手段としながら、外交交渉、悪く言えばボス交渉と談合によって自分に有利な条件を獲得するって言う、そういう取引でしょ……(風月堂注:これまで反戦平和を掲げてた人々は)今度は平和の力の現実とかいうものにぶつかると……なんというか教条主義的な平和主義者、あるいは教条主義的な戦争主義者になっちゃうみたいです。今の日本で起こっているのはそういう状況でしょう。だけどどれは現実じゃないんです。(P.66)

一言いっておきたいんですけど、平和って、理想とかじゃないんです。平和は青年の若々しい理想だとぼくは思わない。暴力でガツンとやればなんとかなるっていうのが若者の理想なんですよ……汚い取引や談合を繰り返すことで保たれるのが平和。このほうがみんなにとって結局いい結論になるんだよ、年若い君にとっては納得できないだろうけれどもっていう打算に満ちた老人の知恵みたいなもんなんです。



似たようなことは、司馬遼太郎も述べています。孫引きになってしまうのですが、1993年3月4日の産経新聞に寄稿されたエッセイで以下のように述べています。

平和とは、まことにはかない概念である。単に戦争の対語にすぎず。"戦争のない状態"をさすだけのことで、天国や浄土のように高度な次元ではない、あくまで人間に属する。平和を維持するためには、人脂のべとつくような手練主管が要る。(「平和」の歴史/吹浦忠正/光文社、P.9)



平和=理想、戦争=現実という二分法は現実ではありません。平和を作るのは面倒で、妥協と強攻策を巧みについ分ける老獪な交渉術を要する、たいへんに高度な政治的技術が要求されるのです。たとえば、ソマリアの"ソマリランド"では流通する銃を回収するため現地有力者全員を回って交渉して回収を成功させたり、尖閣諸島の領土問題を棚上げにして日中平和友好条約(1978年)を締結したり、あるいは紛争終結直後の選挙でかえって民族分断を深めてしまったりと、平和の実現は一筋縄ではいきません。

戦争と平和について考えるのであれば、平和を作ることがいかに大変で面倒であるかを知った上で、考えて欲しい鋳物です。


<参考文献>
「正しい戦争」は本当にあるのか/藤原帰一/(発行)rockin'on
「平和」の歴史/吹浦忠正/光文社
カラシニコフⅠ/松本仁一/朝日新聞
平和政策/大芝亮、藤原帰一、山田哲也:編/有斐閣

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ミリタリファンに向かない人
2009-11-04 Wed 22:05
古い2chの掲示板を見ると、ある種の人――政治的ロマンを著しく重視し、形而下の事柄を軽視する人――は、軍事趣味に向いてないように感じます。


軍事板から見た「戦争論2」
302 名前: 299 投稿日: 02/01/26 16:07
>>300
>小林の本は「軍事」を語っているふりをして精神論しか語っていません。
……
それでその精神論のことですが、どうやら300さんは軍事を語る際において、精神 も同時に語ることには抵抗を持っておられるようですね。
精神論の存在そのものも軽視しておられるようですね。
だけど、確かにいかに軍人さんを殺させないかの軍事論は絶対に大切なものですが、戦争をするのには軍人にとって相当の精神的・肉体的な生命力の消耗が強いられます。
しかしそれに敢えて耐え、軍人が自分の任務を遂行するのには強烈な精神の拠り所がなければなりません。その拠り所とは自分が生命をかけて守るべきものであり、その守るべき祖国、地域社会、家族、友人、知り合いのおっさん、おばはんであることでしょう。軍人はその精神の拠り所が無くして、命の危険を冒して戦えるのでしょうか。
要するに300さんは特攻隊の精神のあり方等にもなんの関心も払わないのですね。

戦艦や戦闘機の種類、ドイツ軍の軍人の人事、戦車の構造等の方に軍事板の方々は関心の高さのウエイトを置いているのはわかります。
小林は軍人の精神のあり方の方に関心の高さのウエイトをおいてしまったようです。


軍事板から見た「戦争論2」
307 名前: 299 投稿日: 02/01/26 16:41
……
しかし、このスレの書きこみの流れをみると、あたかも小林が精神論のみで
戦えと主張しているかのように曲解されているような傾向があると思います。
戦争論を読みましたが、小林はどのページにもそんなことは書いていません。
戦争論には小林が知り合いの元将校との会話や特攻隊員の残した手記などを
通じて、各級軍人の精神のあり方に関して思うことが書いてあるだけです。


317 名前: 299 投稿日: 02/01/26 20:04
あと、小林を叩くのならば、小林が最近の思想の拠り所にしている西部邁も叩かなければなりません。
「戦争論」は西部邁、及びその弟子の佐伯啓思からの思想的影響をかなり 強く受けて描かれている部分も多いですので。

335 名前: 299 投稿日: 02/01/28 21:20
まあ、軍学者系の人とは小林は相性が合わないんでしょうな。

小林批判に留まってしまい、あまり発展性が無く、意味もありません。
軍事板の皆さんの嫌悪される軍事的見地から見て無駄なこと、愚かなことである 思考方法を小林がするようになったのは西部や佐伯ら(以前は西尾幹二)の影響 です。


戦争に関して精神論や思想を(兵器・戦術や外交よりも)優位に置きたがる興味の持ち方の人は、あまり軍事ファンに向いてないと思います。小林よしのりの「戦争論Ⅰ」は、軍事的合理性について一切言及していないため、(戦争一般の本としてはともかく、)軍事の本とは到底いえません。また、軍事的合理性をまったく無視して思想ばかり強調する姿勢は、戦争一般に対する興味の持ち方ではあっても軍事に対する興味の持ち方とはいえません。
兵器にせよ安全保障・外交にせよ、軍事(≠戦争)は優れて形而下の現象です。精神論ばかりで兵器や軍事戦略に無関心なようでは、たとえば日本軍の敗因は絶対に理解できません。日本とて敗戦国であっても、ジョークで「世界最強の軍隊は、アメリカ人将軍とドイツ人参謀と日本人下士官だ」といわれるくらいに、兵卒の士気の高さが称えられるくらいなのですから。

国際政治や軍事的合理性よりも精神論や政治的な思想を優位に置きたがる人は、軍事が物質的・政治的な形而下の現象であることを理解したがらないように思えます。
戦争を物質的に見ることができないか軽視する人は、戦争に関する一般論や人間性?語ることはできても、戦争を軍事的に理解することはできないでしょう。

私は、上と同じ板の、以下のコメントに共感したものです。

軍事板から見た「戦争論2」
309 名前: 300 投稿日: 02/01/26 17:01
>302
精神論で軍事を語るのは愚の骨頂です。
そこに合理性はしばしば排除されてしまうから。

で、「軍事」と「軍人」とはまた別次元の問題です。
兵士ひとりひとりが戦場にむかう心情が戦争そのものの歴史的意味付けを変えることはありません。
戦場に向かう兵士はつねに家族のことを思うものですが、
それを根拠に戦争を自衛戦争だから正当だとする論理がまかり通ってよいのなら
いかなる戦争も合法化できますし、いかなる愚行も非難することはできません

……
小林がしばしば言うように、「英霊は……」と論旨をそらして批判を封じる態度、 小林を私が軽蔑するもうひとつの理由がそこにあります。
特攻隊員の崇高な意思は理解していますが だから特攻という「戦術」を批判できないというのは、常識的に考えておかしいと思わないのですか?
特攻隊員の心情をいくら賞賛したところで、
それで導ける結論は「隊員はキチガイじゃない」ということだけで
特攻という行為を行った組織自体を正当化する要因にはまったくなりません。

いいですか、「組織の決定」と「個人の意思」がイコールでないというのは組織論の基礎中の基礎です。
この程度のことも分からずに「軍事」を語ったつもりになっているから
小林は軍事板で嫌悪されるのですよ。


>307
だから、「軍人の精神のありかた」で「戦争そのものの評価」を下そうとしている時点で
「精神論のみで戦え」と言っているのとまったく同じことになってしまうのです。
このところが分からないのなら、あなたは軍事を理解しなくて結構です。





また、日本軍を否定的に見ることを政治的態度でしか理解しない人――旧軍を批判するのは旧軍の軍事的合理性の不足の指摘のためとは理解せず、「日本が嫌いだから批判している」としか考えない人――も少なくないようです。たとえば、以下のように。

【日露戦争百周年】旧日本軍(皇軍)総合スレ 5
8 :日出づる処の名無し:04/07/02 21:22 ID:7OgWvF0C
反日軍ヲタの特徴

・戦前の日本のあり方をことごとく否定する
・アメリカ万歳☆
・ときどき「オブイェークト」と叫ぶ
・大日本帝国海軍(特に連合艦隊)を目の仇にしている
・大日本帝国陸軍をごく稀に妙に持ち上げる
・自分絶対正義
・陰湿な嫌味レッテル大好き☆
・反論する時に相手の言葉を真似る


しかし、多くの軍事ファンは、政治的ロマンと軍事的合理性をきちんと分けて考えます。

【軍事板常見問題&良レス回収機構】http://www21.tok2.com/home/tokorozawa/faq/
http://mltr.ganriki.net/faq12m.html【軍事マニア】
http://mltr.ganriki.net/faq12m.html#faultfinding
 【質問】
 どうして軍ヨタ〔原文ママ〕は日本軍の粗捜しに熱心で,米軍のアラは無視してるんですか?

 【回答】
 別に粗捜しなどはしてないと思うが.
 旧日本軍について検討すれば,国防政策・戦略・戦術教義・兵器体系について,色々な欠陥が見つかるだけの話.
 これらの欠陥を批判的に精査することは,愛国者として大事な仕事であると思うのだが.
……
 それに誰もアメリカ軍の「粗」に無視しているわけではない.
 ただ,少なくとも第二次世界大戦のアメリカ軍は日本軍に比べると相対的に失敗は少なく,失敗したとしても素早くそれを是正する能力があった▼かのような印象を受ける※▲.
 戦争においては,失敗をより少なくした方が勝利するのであり,先の大戦の結果もそうであったに過ぎない.

 また,戦後の話なら米軍の「粗」は探さなくても出てくるからってのも有る.数年に一度は戦争やら紛争やらやってるから.

軍事板
青文字(▲~▼):加筆部分


▼ 大抵の軍ヲタはそれでも,脳内分析の半分程度しか日本の悪口言っていないんだよな.
 ヲタ度が上がれば上がるほど,母国が可愛くなるから.

 持てる知識と脳細胞本気で稼働したら,もう救いようがない位,辛辣な評価しか下せなくなる.
 それ位どうしょうもないんだけど仕方ない.

軍事板,2009/06/27(土)
青文字:加筆改修部分

▼ ※これは回答者の印象に基づく見解であって,そういう定量分析結果が存在するものではないので念のため.▲


右翼/左翼扱いされた軍オタの集うスレ・25
55 :名無し三等兵:2009/03/08(日) 00:28:30 ID:???
……
あくまでも趣味に限定すれば浪漫が含まれても 許されるのではなかろうか。

57 :名無し三等兵:2009/03/08(日) 00:47:42 ID:???
>>55
浪漫を感じるのはいっこうに構わないが
それがいつのまにか合理性とかけ離れて現実からフライアウェイする輩がいるから困る
そしてそんな輩に現実を述べた事で、逆にウヨサヨ言われた悲しき軍オタが集まるこのスレ


軍事的合理性の不足に目を向けず、旧軍批判=反日と考えるのは、軍事的合理性よりも政治的ロマンを著しく重視する考え方です。日本=自分=絶対善、日本(軍)を悪く言う奴は反日だ、という人は、はじめに日本=自分=最強の絶対善でしかものを見れないようです。物質的に見れば日本軍には褒められないことが多いのは常識です。日本の勝利にしか興味がない人は、史実の軍事よりも架空戦記を読むことを強く推奨します。


兵器や戦術や安全保障には物質的外交的な軍事的合理性が求められますし、軍事ファンはそこにこそ興味を持つのです。だからこそ、自国の兵器なり国なりを自己と同一視して精神論を著しく重視して物質的な見方を軽視する姿勢は、軍事ファンから白い目で見られるのです。
たしかに軍事における精神的な要素(士気)は重要です。しかしそれとて、「日本だけ」が他の国より圧倒的に優れていると信じ込むのは、根拠のないことです。
物質や外交を、精神論や抽象的な政治的な思想より著しく劣位に置いて考えるのも、人の好みであって自由ではあります。ですが、少なくとも、日本(軍)の欠陥を明らかになることも厭わずに物質的外交的な面から考えるという姿勢を嫌悪し、自国を自己と同一視するタイプの精神論が(軍事的)合理性を超越するほど大事だと考える人は、戦争一般はともかく「軍事」を理解するのは諦めたほうがいいと思います。


形而下の現象よりも、政治的な思想や精神論や政治的ロマンを著しく重視する人――もっと言えば、物質的なものの見方ができないかそれを著しく軽視する人――は、軍事ファンに向いてないといえるでしょう。
兵器にせよ用兵にせよ国際政治にせよ、軍事とは形而下の現象であるのだから。
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2009-09-27 Sun 22:57
http://www42.atwiki.jp/maichin/pages/51.html#id_fb5d9314
090919 政経ネタを続けたいわけじゃないんだけど

の、コメントに対するコメントです。
いろいろと思うところがあったのですが、あまりにも冗長なため、リンクの上、こちらにコメントすることにしました。

そもそもは、ポリティカルコンパスを、私もやってみたところ、

政治的な右・左度(保守・リベラル度):-1.8
経済的な右・左度(市場信頼派・政府介入派):-3.52
あなたの分類はリベラル左派です。


という数値が出てしまったのが、事のはじまりとえましょうか。


(本文)
いろいろと思うところがありましたので、再度コメントします。

>現状には不満だらけ→保守左派
について。
たまたま斜め読みした、藤原帰一の「正しい戦争はあるか」でも、近年の風潮について「これまでの平和運動が立ち行かない→だから軍事力だ」という転回を指摘していたのを思い出しました。
理念ばかりで(口先ばかりで?)生活を良くしてくれなかった左側への失望がリベラル離れを生み、リベラルを嘲笑して自らの心を満足させるのが昨今の風潮なのだと思います。


○本当の伝統?
私とて、伝統が存在していない、みんな近代の産物だ、とは思いません。

宗教を混同することは、広くアジアで見られるといいますし、神仏習合なら仏教寺院が神社を運営する神宮寺は早くも奈良時代に出現しています。また、今日でも世帯ごとに葬式や墓の宗派を決めているのは江戸時代の檀家制度に由来しますし、そういったところにも宗派・宗教に無頓着な土壌があるのでしょう。

女性の旅行好きは中世日本の宣教師の記録や20世紀前半でも親に断りもなく何ヶ月も出かけたという話があり、それは今日でもいえるのではないでしょうか。

日本人の日記好きは、中世日本の日記文学、江戸時代の旅日記、旧日本軍が兵士に日記を奨励したことなど連綿と続いており、それはもしかすれば今日の世界でもトップクラスのブログ好き(http://www.itmedia.co.jp/news/articles/0704/06/news057.html)にもつながるかもしれません。また、文字による記録好きなら、ケータイ電話が主としてメールで使われるところにも現れているのかもしれません。

明治期の日本の近代工業化の成功には、江戸時代の勤勉や寺子屋といった背景があり、戦前に生産量世界一生糸生産については機織の器械製造と家内工業があり、伝統の織機と自動織機の普及との並行がありました。鉄道車両工業において、客車は世界のどこでも国産化の第一歩になりますが、明治初期の日本においても在来の家具等の木工職人の手により木造客車が作られました。

日本初期の逢坂山トンネルや大分県に多い近代石橋は、城の石垣を造った石工が施工したのであって、これも伝統技術の応用と言えると思います。

などなど、伝統に成り立つことは意外に身近なところや地味なところにも見られるのではないかと思います。
しかしこうした伝統というのは、「武士道」とか「美術・工芸」と比べると、「地味」で「分かりにくい」ものです
これでは多くの人々にとって、"心に響かない"のではないかと思います。


>実際に伝統に則っているかどうかではなく、儀式を行う一人一人が「自分たちは伝統に則っている」と考える(ときにそれが誤解であっても)ことの方に意味があるんだと思います。
まったくその通りだと思います。「愛国のための伝統」は、実践されてこそ意味があるのだと思います。実践してこそ「伝統を持った日本人」と"実感"できるのでしょう。

しかし、社会史・生活寄りの民俗へ関心のある私から見ると、世の中で言われている「伝統が大事」という言説で言われている「伝統」は、"武士道"などステレオタイプであるように見えます。
こういった言説――日本の美しい伝統を大事にせよ、といったような――をことさらに重視する人は、本当に伝統どうかというところには実のところ興味がなく「伝統っぽく見える」ならば何でもいいのかもとさえ思ってしまいます。
もっとも、民俗史的に見た伝統はあまりに地味で、「これぞ日本人の心」というような分かりやすさや華に乏しいものです。たとえば「戦前の軍隊は白米が食べられることを宣伝したほどに、戦前まで庶民は白米は日常的には食べられなかった」といったような指摘は、「稲・米は日本人の心である」といったような"分かりやすく"て"美しい"言説に比べると地味であり、多くの人々にとって"心に響かない"のではないかと思います。


こうした「美しい伝統」への猜疑は、たぶん私の好み故の"結果"なのでしょう。
たまたま、私が社会史や生活寄りの民俗史が好きだったばかりに「分かりやすい伝統(と称されるもの)」に猜疑を抱き、「近代の産物である」ことに着目してしまうのです。
私の場合はそこに面白みを感じ、私の心を捉えますが、たいていの人にとって「心に響かない」のだと思います。

この「近代の産物だ」という指摘は、たいていの人にとってなじみがないようで、チャットでこのことを言っても「でも伝統のかたちをとっている」というリアクションが多かったです(まいちんさん、すみません)。
こうした姿勢には、正直ながら私はギャップを感じてしまいます。むろん、だから悪いというのではないのですが、もどかしさを感じてしまいます。

一言で言って、社会史民俗史の観点は、地味で華に欠けるため「分かりにくく」ピンとこなくて「心に響かない」のではないかと思います。



○国と個人の距離感
>私の場合は、これ以上若い世代が国を意識する機会が少なくなったらヤバいんじゃないかと思って、過剰に右に寄っている部分もあります。国歌斉唱賛成とかはそういう理由も強いです。
海外へ行って自分の母国を自覚したという話はよくあるようで、海外旅行の多い方なれば"実感"を伴うのでしょう。
島に閉じこもっている私は、この"実感"を持ちにくいのかもしれませんorz

>国と個人との精神的距離が近すぎるのもよくないですが
というところに警戒心を抱いてしまう私は、やはり古いタイプのリベラルなのでしょうね。また、「美しくない日本(を言う人)」への罵倒に私は共感できないものです。
また、「美しいという以外の日本」を知っても日本は崩壊しない、という信頼を、私は強く持ちすぎなのかもしれません。

>日本国と伝統の先に自分がいるんだということを最低でも自覚していないと~
ですが、私個人に限って言えば、"bushido"などのオリエンタルなニッポンの伝統しか知らない日本人よりは、日本の人々の――国家体制ではなく市井の人々の――歴史に関心があるというささやかな自負はあります。
先述の通り、日本人の日記好きなど、地味な伝統について冗長なまでに記述をしたのは、伝統を全否定しているのでないということを示すためでした。


○国の「愛し方」
なんだかんだいって、件のテストでも、私は「過ちを犯しても愛国」に迷いなく「同意」を選択したものです。
しかし、伝統を近代の産物だと指摘しながら地味なところ伝統は生きているといい、旧日本軍の失敗を指摘しながらも軍艦格好いいというような、欠点を指摘してそれでも愛国という私の姿勢は、多くの人にとってわかりにくいのでしょうね。

また、政治学や哲学といったのは理解できない私ですら考えられたのは、たまたま私が社会史や民俗が好きだったという偶然の成れの果てとしか思えません。
私も、政治学の言う「国家はフィクションである」「ネイションとステートは別物である」といったような概念は難しくて理解できません。理解できないものに愛着は湧きませんし、ときに敵意さえ抱きがちです。私とて「哲学」は小難しくて理解できず、"哲学は頭のいい人のためのモノ"だ、というあまり好意的でない印象を持っています。
もっとも、私の姿勢も分かりやすいとは思えないので、自分でこれを言うのも難なのですが・・・


リベラルのモノの見方――ここでは主として伝統について――は、「ピンと来ない」ため「心に響かない」、故に共感されにくいのは致し方ないのかもしれません。
「美しい日本」を称えるだけが愛国ではなく、そこに猜疑を抱いてもなお愛するに値するという「愛し方」は、やはり分かりにくく共感しずらいのだと思います。

まぁ、理解されずらくても、こういう「愛し方」もあるのだということで。
全然まとまっていませんが、私の姿勢はこんなところです。

これからもよろしくお願いします。
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「死」は生きる人によって成り立つということ――日本人の死のかたち/波平恵美子 感想その1
2009-09-22 Tue 19:00
今回は、『日本人の死のかたち/波平恵美子/朝日新聞社』の感想です。
この本は、葬儀と戦死者から、死のかたちを見ていくものです。
個人的には、葬儀への民俗的な関心と、ミリタリーとは異なった戦争への関心(戦場での遺体の取り扱いと、慰霊の理論)から、この本を手にとってみました。
本書は、第1部で総論があるものの、前半の第2・3部と、後半の第4・5部で大幅に記述対象が異なるので、前半後半に分けて感想を述べます。
また、戦争への関心から、後半については、今回とは別に、やや詳しい内容紹介を行なって感想を述べています。


○前半
前半では、第1部で総論、第2、第3部で、葬儀における死を見ていきます。
第1部 死に慣れ親しんでいた日本人
第2部 「死者」とは何者か
第3部 さまざまな死のかたち

現代や戦後の葬儀の儀礼においてなされる、一杯飯や法事、白の帷子を着せて棺に納めたり、病院で亡くなった者には看護師が湯灌代わりに遺体を蒸しタオルで拭く清拭(せいしき)など、習慣やそれについての説明原理を見ていきます。そこから「親を見送る」「生前好きだったものを備える」「死者が現世に未練を持たないように」など、「死者が望んでいる」かのような説明がなされていることを指摘します。

死者における身体と霊魂の関係は、以下のように一貫していないといいます。
一方では死者が望んでいることを為すというかたちで遺体に接し、一方では腐敗が進んだ遺体では霊魂が荒々しくなったり魔物になってしまうと説明されます。
しかし、また一方では、遺体に刃物を置く理由を遺体に魔物が入り込まないためと説明したり、死者の名を叫ぶ魂呼ばい(たまよばい)は身体から既に抜けた魂を呼ぶためといったように、既に遺体から魂が抜けていることを前提とする説明も同時になされます。
このように、儀礼全体を見ると、遺体と霊魂の一体との認識の一方、遺体には既に霊魂が抜けていて他の霊魂が入り込みやすく魔物になりうる不気味な存在という認識とが入り乱れており、著者はこれは遺族の混乱し矛盾した認識の反映であると推測しています。

葬儀の儀礼につき、昭和中期と現代との比較から、現代では慰霊や鎮魂といった「死者との別れ」に重点が置かれ、「死者を死後の世界へ送る」という意味合いが薄れていると指摘します。
現代では、葬儀の簡略化や、死後の子による墓参りを予期ににくくなったことなどから、「生者の世界」と「死後の世界」の対比を思い描くことができにくくなり、死者の世界や「死者」そのものの存在がぼんやりとしたものになる事態がもたらされているとします(P.69)。

また、聞き取り調査から、昭和中期以前には、死を予期して生前のうちに準備を整えた人のこと、死ぬ瞬間を看取ったことが周囲から賞賛されたこと、子が病気などから次々に死亡したため養子をとる例が非常に多かったこと(にもかかわらず幼い子の死には当時の親にとっても悲しいものであったこと)などから、かつては死が身近にあったことを示しています。
著者は、今日では医療の浸透から、死の瞬間も遺体の処理も家族の目を離れ、病院において「医療行為」として死が扱われ、生存を長く存続させるための「生存の医療」が「死の医療化」をもたらしたと指摘します。このため、死の意味や観念まで「医療の文脈」の中で理解されるようになり「死の医療化」が進行しているとします。


○後半
後半は、以下の2部により兵士の遺体処理と慰霊から、戦争における死の形を見ていきます。
第4部 兵士の遺体処理と慰霊の形
第5部 靖国神社の政治性を支える死の文化

前半2部では、生者が儀礼を通して死者になっていくということが葬儀の意味であることを明らかにしています。
遺体にはしばらくの間は人格が残っていて、死者儀礼を通して死者になるとみなされる。このため儀礼なき遺体は死者にもなれない、という信仰が、戦地における遺体回収や戦地・銃後の死者儀礼の下敷きになりました。
戦地からの遺骨回収や、それができない場合は遺留品を「遺骨」と読み替えて死者儀礼を行なうことがなされました。また、軍はそれによって遺体から戦死者の霊魂が離れたとみなし、その霊魂を「英霊」として戦死の価値を強調し、これにより遺骨の届かない遺族をも納得させようとしたことを指摘します。
こうしたことから、靖国神社は、「国のために死んだ英霊」の名の下に戦死者を国家のもとにおくという、(徴兵国民軍の)死者を通した国民統合であったといえます。


○まとめ
本書全体を通して見ると、死は単に生理的・物理的な現象なのではなく、生きている人がいかに死に接するか、いかに語るかによって意味が生じてくる、一つの社会現象であるように思えてきます。

死者の望みを想定する伝統儀礼から靖国の英霊、そして、現代でも、病院での清拭、事故や災害の際の遺体回収にこだわるのは、遺体が死者儀礼を通して身体と霊魂が分かたれ死者となるという理解のためです。ゆえに、死者たるためには(例え仮想上のものでも)遺体を要するといえます。
このように、死が、身体と霊魂の双方を要素として成立し、「死者が望んでいる」という形で死者に接するのが「日本人の死のかたち」といえるのです。


こうした死者に対する儀礼や観念を見ていきますと、死は、生きる人によって支えられているといえます。
また、死をタブー視しているのは昔からではなく、むしろ「死の医療化」こそが死を生活から遠ざけ、死が(当たり前のことでなく)医療の敗北だとみなされることで、かえって死の忌避の観念を強めているのではないかと思います。
その是非はともかくとして、死は生きる人によって支えられるものである以上、こうした社会の変化は「死を変化させる」のだと思います。ターミナルケアや脳死、あいるいは介護、核家族化と墓に対する態度など、今はまさに「死」が変化しつつある時代であると言えるのではないでしょうか。


○後半の感想
以上が本書全体を通しての感想ですが、個人的な戦争への関心から、後半についてやや詳しく内容を見ていき、戦場の遺体処理と慰霊に重点を置いてみた感想もあります。
これについては、靖国における「遺体」と「英霊」の関係――――日本人の死のかたち/波平恵美子 感想その2へ。
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靖国における「遺体」と「英霊」の関係――――日本人の死のかたち/波平恵美子 感想その2
2009-09-22 Tue 00:00
今回は、日本人の死のかたち/波平恵美子 感想その1のつづきです。
前回に述べた通り、個人的な戦争への関心から、後半についてやや詳しく紹介していきます。


本書の後半は、以下の2章により、戦死と死者の関係を論じています。
第4部 兵士の遺体処理と慰霊の形
第5部 靖国神社の政治性を支える死の文化
ここでは、戦史から遺体処理をみていき、前線の兵士がいかに遺骨を持ち帰ることにこだわったか、埋葬に対しいかなる感覚を抱いていたか、国は戦死をどのように扱ったのかを明らかにします。

前半では、「遺体への働きかけを中心とする死者儀礼によって生者としてのアイデンティティが取り去られ、代わりに死者として新たなアイデンティティが与えられ、それが死者の霊(P.127)」となることを明らかにしていました。
これは今日の事故や自然災害の際の遺体回収へのこだわりだけでなく、戦死における兵士の慰霊にも現れているいいます。

著者は、都道府県史や戦史から、遺体処理と遺骨回収の様子をみていきます。
可能な限り火葬と遺骨回収を図り、状況が切迫していて十分な火葬できないときは、首や手首を切り落として(火葬により)遺骨を回収できる場所まで持っていくことが行なわれました。
火葬すらできないときは歯や髪を切り取って遺留品として持ち帰ることがなされました。

アジア・太平洋戦争下の戦線(ビルマや太平洋の島々)では、首を携行することはなく、手首や指(小指や薬指)のみを切り取って(火葬して)遺骨をとることがなされたといいます。
いずれも、首や指をとった残りはまとめて火葬、それができなければ土葬、最悪は"白骨街道"とも言われるように遺体放置となりました。

戦友という言葉は小隊・中隊(ときに大隊)の所属部隊のみに使われ、遺体処理も基本的にはその範囲内で行われたといいます。
*小隊は20~40人、中隊は小隊×2~5個で編成され計100~200人、大隊は中隊×2~5個で編成される。

遺骨を取れないときは、よく知られるように、出生前に残した爪や髪、あるいは現地で戦死した場所の砂や石を白木の箱に入れて遺族に送り、「遺骨として」取り扱い慰霊が行なわれました。
これにつき著者は、「あくまでも、戦死者は「遺体として帰還する」べきであるとし、それが不可能ならば読み替えてでもその原則を貫こうとする意図が軍部と遺族の双方も成立していたことが見出せる(P.170)」としています。

そして、一般の死と戦死の「英霊」の違いを、著者は以下のように述べます。
「伝統的な信仰では、一般の死者は三三年間あるいは四九年間、遺族の行なう死者儀礼を受けることによってようやく祖霊となり、神格化される。しかし、戦死者は死亡と同時に神格化され、靖国神社や各地の護国神社に祀られ、一般の死者から差異化される。こうして(略)兵士の霊魂は改めて、あるいは新たに国家の統制下に組み入れられたのだと解釈できる。(P.178)」

また、遺体の取り扱いによる国の統制は、早くも戊辰戦争における遺体処理に現れています。
官軍側の戦死者は戦死した場所の近くの寺に埋葬され、その霊魂は招魂社(後の靖国神社)で祀られました。一方、(賊軍とされた)会津藩士の遺体は埋葬が禁じられ、その後請願により埋葬が許可されたものの、死者儀礼や墓碑を立てて戦死者の名を記すことは長い間禁じられました。
官軍の慰霊と、賊軍とされた側の慰霊の禁止によって、戦死者の慰霊を通じて政府の正統性を見せつけ、国民に意識させたのです。

こうして、政府のための戦死を「英霊」として国家の管理下に置いて、戦死者・遺族と国とを結びつけられました。これは、死を通しての国民統合ともいえるのです(P.191)。
こうした、遺留品をも"遺体"と読み替え「英霊」としてまつる慰霊の理論は、遺体に死者儀礼を施して死者となるという信仰を下敷きにしているため、英霊の観念も自然なものであるかのように感じがちです。
しかし、実のところ、戊辰戦争の遺体処理に始まるように、そこには(戦死を別格扱いすることで)死をも管理しようとする"国家の意図"も込められているのです。
肝心なのは、それだから悪いというのではなく、"徴兵国民軍"の戦死者を"政府のもとで祀る"靖国の理論は、自然的な伝統そのものではなく近代の産物なのだということです。
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